2012年6月6日水曜日

オウム真理教への一視点

オウム真理教が教団として起こした一連の事件でもやはり1995年3月の「地下鉄サリン事件」は一番社会に与えた衝撃が大きかったのではないかと思う。
しかしそんな事件でも15年も経ってしまうといつの間にかその意義を考えたり、オウム真理教というカルト的宗教テロ集団の問題性をその背景とともに改めて見直したりする機会がないまま来てしまったのではないかと思う。

最近太田俊寛と言う方が

オウム真理教の精神史ーロマン主義・全体主義・原理主義

という本を著して、どのようにしてオウム真理教のようなカルト集団が出現したのか、その思想史的背景を「近代」の視角から分析・総括しようと試みている。

筆者はまだ入手していないのだが機会があれば近くの図書館に(無ければ)購入でもしてもらって読みたいと思っている。

さてそんなことを思っていた時に、たまたまNHKでオウム真理教を扱ったドキュメンタリー・リポートの番組を見た。

未解決事件2:オウム真理教 

番組を全部見たわけではなく、特に注意して見たわけでもないので、その感想を書くにして内容的に少々心もとないのだが、しかし一点どうしても気になったことがある。改めてショックを受けたと言うか戦慄を覚えたことである。

それは麻原彰晃と言う常識的にはおよそまともな宗教の指導者となるような器ではない人間の下に「エリート」と呼ばれるような教育的背景を持った者達が集められ、誇大妄想、荒唐無稽な宗教的言語に操られて、「終末的シナリオを持つ」弱小集団にはとても分不相応に巨大な反社会的テロ活動を構想しそしてそれを実行に移した、と言うことである。

番組中に明かされた事件の内容で特にセンセーショナルに響いたのは、オウム真理教の化学兵器工場で実に70トンのサリンを製造しようとした、と言うことである。その量は世界の総人口を上回る70億人殺せる量だと言う。
麻原と言う如何にも「小物」な人物が着手するには、余りにもアンバランスな巨大化学殺戮兵器製造計画ではないか。
その余りのアンバランスさと、小規模だったとは言え、そのような構想の下に首都直下の地下鉄駅でサリンがまかれた事実とは、何かシュールな感覚を覚えた。

翻って自らの所属する「宗教集団」であるキリスト教を遡って見ると、まだユダヤ教との区別が外側からは判明していない時、「道」と呼ばれ、「ナゾレアン」とか「クリスチャン」とか呼ばれていた原始キリスト教の時代、つまりペテロやパウロら最初の使徒たちが活動していた時代、彼らは外部者からは、「皇帝の勅令に背いて、『イエスと言う別の王がいる』」と 「世界中を騒がせてきた連中」と見られていた、とルカは述べている(使徒言行録17章6節、新共同訳)。

オウム真理教は事実「反社会的テロ活動」を実践したわけであるが、キリスト教はそのような負のベクトルに多大なエネルギーを注いだわけではないが、強いて共通点を言えばオウム真理教と同じように社会的に見て「弱小宗教集団」であった、ということである。

日本ではよくキリスト教は日本人口1%に満たないマイノリティーと言うが、原始キリスト教集団はもっともっとマイノリティーだったが、その孕んでいた「宗教的エネルギー」は「世界をひっくり返すような」と形容されたほど濃縮したものであったのだ。

日本のキリスト教の問題は「数の少なさ」ではなかろう。反面教師としての意味だがオウム真理教が引き起こした問題から考えれば、社会的インパクトは数の問題ではなく、世界に何を引き起こそうとしているか、その目的の明瞭さとその目的遂行のために全エネルギーを注入できる一徹さではなかろうか。
その観点から見る限り「数を問題にしている日本のキリスト教」は殆んど社会から相手にされる存在ではない。そんなキリスト教が多少人数が増えたとしても到底社会にインパクトを与えることはないであろう。

社会を根底から変革し人々の「生死を意義付ける」ほどの深い宗教性を持った宗教が欠落している時代にオウム真理教のような宗教団体が出てくるのが現代と言う状況だとすると、キリスト教が課せられている課題は並大抵ではないであろう。

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