2013年4月21日日曜日

神学遍歴⑦

前回まで「アズベリー神学校時代」のことを何度か書いた。
今回はいよいよアズベリーを卒業して「プリンストン神学校」時代のことに移ろう。

アズベリー卒業時点で滞米4年が経過していた。
牧師となるのであればそのまま帰国するのが普通だろうが、周りの意見などもあり勉学を続けることになった。

と言うことは「博士課程」と言うことになるが、ハーバードPh.Dのクーン教授に(まあ言ってみれば)師事していたこともあり、言われるままに4校に入学申請した。

キリスト教倫理の領域と言うことで4校に絞ったのであるが、クーン教授から提案されたのは、
① Harvard Divinity School
② Princeton Theological Seminary
③ Candler School of Theology (Emory University)
④ The University of Iowa (the Department of Religious Studies)
であった。

筆者的には①と②は鼻から無理と思っていたが、クーン教授は「とにかくアプライするだけやった方が良い」と言うことで譲らなかった。要するに両校とも神学教育と言うことで北米一二を争うのだから、トライして損はない、と言うことだった。

③はメソジスト系の大学
④は、当時George Forellが健在であった。

結局入学許可を受けたのは、③と④であった。

③と④どちらかに行くと言う選択肢もあったが、確かクーン教授の方がもう一年待ってプリンストンにアプライしたらどうか、と言うことになった。
それで待っている間、プリンストンのMaster of Theology (Th.M)に入ることにした。

その頃プリンストンのTh.Mは一年間で修士論文も必要なく、ちょっと「はく」をつけるために重宝されていたし、留学生が多かった。

プリンストンで筆者の指導的役割を果たしてくれたのが、社会倫理学を教えていたギブソン・ウィンター教授だった。
彼については既に2度投稿しているので今回は省略する。(ここここ

その他に印象に残っているのは、チャールズ・C・ウェスト教授。キリスト教倫理の専門で、著書としては
Communism and the Theologians: Study of an Encounter (with major analyses of Barth, Berdyaev, Brunner, Hromdka, Niebuhr, Tillich)
が目立つ位だが。(ここにスキャンしたページが読めるリンクがある。)

「ディートリッヒ・ボンヘッファー」のクラスを取ったが、初めて「チューター」式授業を経験した。
チューターというのはウェスト教授についている博士課程の学生が小グループで課題図書を読み、ディスカッションするのをリードする仕組である。
これだとウェスト教授の講義で咀嚼できない部分も補完したり、クラスに意欲的に取り組む動機付けとなる。

ボンヘッファーの名前は聞いていたが実際に読むのはその時が初めてだった。 
Life TogetherやThe Cost of Discipleshipも良かったが、一番身を入れて読んだのはEthicsだった。
課題論文ではMandatesを中心に書いたように記憶している。 

また続きを書くことにして、ちょっと最後に興味深いエピソードを一つ加えておこう。
筆者がいた頃のプリンストンTh.Mには沢山の留学生がいたが、その中にスイスから来ている男子学生がいた。彼のガール・フレンドがカール・バルトの孫とかいう話で騒いでいたっけ。
 

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