2018年4月21日土曜日

明日の礼拝案内

主日礼拝

2018年4月22日(日) 午前10時30分


朗読箇所 伝道者の書 3:1-22
説 教 題 「いつになったら目覚めるのか」
説 教 者 小嶋崇 牧師


聖書に見る人生観、伝道者の書(3)

民の愚かな者よ、気づくがよい。
無知な者よ、いつになったら目覚めるのか。
耳を植えた方に聞こえないとでもいうのか。

目を造った方に見えないとでもいうのか。
人間に知識を与え、国々を諭す方に/論じることができないとでもいうのか。
主は知っておられる、人間の計らいを/それがいかに空しいかを。
    (詩篇94:8-11、新共同訳)

《説教解説》
 伝道者の書3章1-8節は「すべてのことには時がある」という意味深な詩になっている。
 1960年代、この古代イスラエルの詩(欽定訳)に曲をつけて反戦歌にしたのがピート・シーガーであった。
 彼は詩の最後「戦いのとき、平和のとき」の「平和のとき」に「I swear it's not too late(まだ戦争はやめられる)」と自分の言葉を継いで平和への願いを込めた。
 ピート・シーガーはこのインタヴューで伝道者の書3章1-8節を解説して次のようなコメントをしている。
The world is full of opposites, inter-tangled; [世界は相反するもの同士が絡み合っている。]
good and bad tangling up all the time. [良いものと悪いものがいつも交錯している。]
Nobody knows. God only knows. [(なぜそうなのか)誰も分からない。神だけがご存知なのだろう。]
おそらく3千年(?)前の詩人も似たようなことを人生に感じていたのではなかろうか。



大ヒットとなったバーズ版

2018年4月14日土曜日

明日の礼拝案内

主日礼拝

2018年4月15日(日) 午前10時30分


朗読箇所 エペソ 1:15-23
説 教 題 「心の目で掴む」
説 教 者 小嶋崇 牧師


エペソ書講解(4)

2018年4月8日日曜日

(3)イクサス・フェスティバル、ラリー・ノーマン、マイク・ペンス

最近ブログを更新する機会が減っている。

時間つぶしの記事でも書いておこう。(としたためてはみたものの未だにアップしていない。)

アズベリー神学校時代(1978-1981)のことになる。

学校のあったケンタッキー州ウィルモアという小さな町の近くに「キャンプ・グラウンド」と云う場所がある。

知っている人は知っている19世紀「信仰復興運動(リヴァイヴァル運動)」華やかなりし頃、野外の天幕集会に大勢の人が集ってキリスト教の説教が延々と行われた。

その野外集会(あるいは天幕集会)のことを「キャンプ・ミーティング」というのだがその場所を「キャンプ・グラウンド」と呼んでいた。

アズベリー神学校の新約学(主にギリシャ語釈義)の教授でボブ・ライオン教授という人がいた。(この記事でも少し紹介した。)

彼は教授陣の中で多少異彩を放っていた。(そう言う教授は他にも結構何人もいたが・・・。)

異彩の放ち方は様々だがライオン教授の場合はクラス外でも若者(というか神学生)たちと一緒にいるのが好きで、さらにそれらの何人かの神学生たちとは「インナーサークル」を作り親密な弟子訓練みたいなことをやっていた記憶がある。

1970年代に入ってだったと記憶するが、ウッドストック・フェスティバルの影響力に感銘を受けてキリスト教でも似たような音楽フェスティバルができないか、とライオン教授の発案で始まったのがイクサス・ミュージック・フェスティバルだった。

アズベリー神学校やアズベリー大学の学生たちは「奉仕者」として登録すればただで参加できた。筆者は3年間のうち少なくとも2回くらいは「奉仕者」として参加したと思う。多分そのうち1回はカウンセラーをやったような記憶がある。

(主に)クリスチャン・ロックバンドの演奏の合間に伝道メッセージや聖書講演がなされ、質問やカウンセリングを受けたい者はいつでもステージの近くの場所でQ&Aやカウンセリングを受けられるようになっていた。

開催時期は毎年5月頃だったと記憶しているが、実は後から知ることになったのだが、アズベリー神学校に入学した1978年のイクサス・ミュージック・フェスティバルは二つのこと(二人の人物)で非常に記憶に残るものとなったのだった。

(1)ラリー・ノーマンのレガシー

一つ目はクリスチャン・ロックの草分けと云うか、比較して言えばボブ・ディランのような伝説的ミュージシャンが出演していた。

彼の名前はラリー・ノーマン。残念ながら2008年2月24日60歳の若さでなくなった。(追悼記事、クリスチャニティー・トゥデーニューヨーク・タイムズ

ところで、1978年5月のイクサスは、筆者はまだケンタッキーの山の中(バイブル・カレッジ)にいて参加できなかったわけだ。

まー参加したとしても、まだラリー・ノーマンも含めてコンテンポラリー・クリスチャン・ミュージックについては殆ど何も知らなかったわけだから、どーってことなかっただろうが・・・。

ユーチューブには1978年のはないが、1984年のがあるので(↓)、それを置いておきます。





(2)マイク・ペンス米国副大統領

もう一人“ニアミス”したのは、現米国副大統領のマイク・ペンスだ。

ペンスについては日本でも「福音派クリスチャン」としてかなり報道されているが、彼はもともと有力なカトリックの家で育った。しかし大学時代にはしばらく信仰から遠のいていたのだが、大学の友人の感化でクリスチャンになった。

しかしまだ“本物”のクリスチャンとなっていないことを自覚し、決心の機会を覚えていたときある伝道集会に参加し、そこで回心したのだった。

その伝道集会と云うのが「1978年のイクサス・フェスティバル」であった。

当時のことをこの新聞記事がまとめている。
VP Mike Pence shares why choosing Christ changed his life
And it was a few weeks later, I went to a, what was a great contemporary Christian music festival in Wilmore, Kentucky called Ichthus in 1978, and I heard lots of great singing, just like I heard this morning, and I heard lots of wonderful preaching.
And Saturday night sitting in a light rain I walked down, and not, ya know, not out of anything other than my heart really finally broke, with a deep realization what had happened on the cross, in some infinitesimal way, had happened for me, and I gave my life, and made a personal decision to trust Jesus Christ as my Savior”.
どうも「ラリー・ノーマン」の名前は出ていないので、それが目当てではなかったようだ。


《追記》

実はラリー・ノーマンについては今年3月伝記が出版されたばかりだ。

By Gregory Thornbury

著者のグレッグ・ソーンベリーはこれまた異彩を放っている人で、ラリー・ノーマンの伝記を書いているだけでなく、1950年代米保守派キリスト教を「ファンダメンタリズム」から「福音派」へと舵を切るのに多大な影響を発揮したカール・F・H・ヘンリーについても著書がある。



今では福音派の中でもカール・ヘンリーの神学的遺産の“限界”をいう人が多い中で、彼のような若手の中からヘンリーを“再発見”する人が出てきているのが興味深い感じがするのだ。




2018年4月7日土曜日

明日の礼拝案内

主日礼拝

2018年4月8日(日) 午前10時30分


朗読箇所 マタイの福音書 16:13-20
説 教 題 「神殿と教会」
説 教 者 小嶋崇 牧師
 
エペソ書講解(8)、「かなめ石」考 (4)

2018年3月31日土曜日

明日の礼拝案内

イースター主日礼拝

2018年4月1日(日) 午前10時30分

朗読箇所 エペソ人への手紙 5:6-20
説 教 題 「眠っている人よ。目をさませ。
      死者の中から起き上がれ。」
説 教 者 小嶋崇 牧師

※礼拝後、持寄り昼食会があります。

2018年3月24日土曜日

明日の礼拝案内

主日礼拝

2018年3月25日(日) 午前10時30分

朗読箇所 伝道者の書 2:1-26
説 教 題 「快楽と労苦の行く末」
説 教 者 小嶋崇 牧師

聖書に見る人生観、伝道者の書(2)

2018年3月21日水曜日

今日のツイート 2018/3/21

「AIと教会」、というタイトルでもつけたらいいかなこのツイート。