2013年9月17日火曜日

(2)明日から「イエス入門」読書会

今日は気持ちのいい秋晴れの日。

明日からリチャード・ボウカム「イエス入門」読書会が始まる。

読書会を始めるにあたって、日本語で読まれている「イエス」についてのベストセラー本2冊と、最近の「史的イエス研究」を反映しているかもしれない論考とを手にしてみた。

先日は若松英輔氏の『イエス伝』(中央公論連載中)を紹介した。

「イエス」についての本は日本語でも沢山あるのだろうが、先日図書館から借りてきた「ベストセラー本2冊」とは、

遠藤周作「イエスの生涯」(1963年、新潮文庫)
荒井献「」イエスとその時代」(1974年、岩波新書)

である。

小説家と古典文献研究家の書いた「イエス」である。
多分どちらもかなり売れた本だと思う。
(筆者はどちらも読んだことがなかった。)

2冊ともボウカムの「イエス入門」と比較した場合、さすがに最近の「史的イエス研究」と言うことで言えば古いと言わざるを得ないが、何かしら拾ってみようと思う。

小説家遠藤の「イエスの生涯」では「誕生」のことは触れられていないが、「復活」については触れられている。

エマオに旅する弟子たちの物語(ルカ福音書24章)から、彼らの心のうちに「イエスは生きている」と言う感情が湧き上がった事は事実に相違ないが、弟子たちの生前のイエスへの思慕だけからは「イエスを神の子と神格化する」その後の歴史は成立し得なかったはずだ。

弟子たちには、「別の次元から何か筆舌では言えぬ衝撃的な出来事が起こったと考えるより仕方がない。」

と遠藤は推論する(248-249ページ)。

イエスの復活を目撃しなかった我々は、以上のべたような謎をふしぎに思う。なぜ弟子たちはたち直ったのか。なぜ弟子たちは荒唐無稽な、当時の人々も嘲笑した復活を事実だと主張しつづけたのか。彼らを神秘的幻覚者だとか、集団的催眠にかかったのだときめつけるのはやさしいが、しかしそれを証拠だてるものも何ひとつない。謎はずっしりと重く我々の心にのしかかるのである。(250ページ)
遠藤には「謎」として残ったこの「復活」について、ボウカムは次のように言う。
イエスに起こったことについて原始キリスト教徒たちに同意するには、彼らを取りまく宗教的世界観のいくばくかを少なくとも受け入れることが求められる。・・・でなければ、せいぜい次のようにいう程度にとどまってしまうだろう。イエスの死によって深く幻滅していたイエスの弟子たちに、神が彼を死人の中からよみがえらせたと信じさせるような非常に特別なことが起こったに違いない、と。日本人作家の遠藤周作が彼の作品『イエスの生涯』(1978年)の中で語ったように、・・・。(178ページ)

ここまででやや息が切れてきた。
荒井献「」イエスとその時代」(1974年、岩波新書)についてはまた別の機会があれば取上げよう。



2 件のコメント:

  1. お世話になっております。拝読しました。一点、『イエス入門』178ページの引用ですが、「イエスについて起こったことについて」は、「ついて」が二回連続しているので、もしやと思って本を見てみたら、「イエスに起こったことについて」でした。どうぞよろしくお願いします。

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  2. 深谷様、ご指摘感謝。
    一応取り消し線にしておきましたが、修正した方がいいかな。
    記録として残しておく必要もなし・・・。

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